「障害者です。助けて下さい」
数日前、安食堂に座っていたら障害者がガラスのドアを開けて入って来ました。
この店は中二階のようなところにあり、入り口の前に数段の階段があります。片足がないこの障害者のおじさんは松葉杖をついて登って来ました。身なりは傷痍軍人のようです。
「障害者です。助けて下さい」
「障害者です。助けて下さい」
間をおいて、大声を発します。「助けて下さい」という言い方がちょっと変ですが、「援助して下さい」ほどの意味です。
店のおばさんはこの台詞を数回言わせた後、レジから硬貨を取り出して持って来ました。
「500ウォンあるから、これを持って行きなさい」
そして、おじさんが金を受け取ってドアを閉めるか閉めないかの時に独り言のように
「障害者でもないくせに…」
するとおじさん、またドアを開けて
「何? 今なんて言った!」
「何にも言わないわよ」
おじさんが帰った後、店で花札をやっていた人たちにおばさんが言うには
「まったく、障害者なのに耳だけはいいんだから…」
飲食店にものもらい/ものごいに来る人にはおよそ次のような種類があります。
不思議なことに、ガム/チョコレート売りの少女や老爺はいません。もっとも、ガム売りの少年自体も激減してしまい、見かけることはほとんどないのですが。
そして、これらのものもらい/ものごいに対する飲食店側の態度は相手によって違うのではなく、店によって方針が統一されているようです。すなわち、少年を追い払う店は身体障害者も追い払うのである、と。
最後の托鉢僧は「ものもらい」とは言えないでしょうね。「(何も)差し上げられません」と言えばすぐ帰って行くし、そもそも托鉢僧は店の中までは入って来ない。
10年以上前の話になりますが、東京の会社にやって来た韓国人が会議室で突然「ものもらい」の話を始めたことがあります。ここでの「ものもらい」は瞼が腫れる病気のことです。なぜ韓国人が「ものもらい」の話を始めたのかは忘れましたが、ものもらいや検便の話は常に突然始まるような気がします。
それで、この「ものもらい」は韓国語で「タルギ」と言うのですが、韓国人に同行して来た日本人ディレクターがこの「タルギ」を「苺」だと言い張ったため、場が混乱しました。
「前後関係で苺じゃ変だってことに気がつくだろ」という簡単な話ではありません。韓国人のものもらいの話がもともと変な思い出話のようなものだったので。
苺の「タルギ」は語頭が濃音、ものもらいの「タルギ」は平音です。
[2005-11]