そうさな。あれは10年以上前のことじゃから相当に昔の話ということになる。
ある人が来月から日本の大学で研究生活をすることになっていて、日本語を勉強したがっている。日本語を教えてあげて欲しい、というオファーが来て、わしは1ヶ月間その「ある人」の個人オフィスに通うことになったのじゃ。
その宣陵のオフィスに誰がいたかというと
じゃった。
ただ、このをぢさんは日本語がすでにびっくりするほど上手で、わしは日本語を教えるというより、日本関係の色んな情報提供やレクチャーをすることになった。
一日のスケジュールがどうなっていたかというと、
なんて風じゃった。
この時の特徴として、このをぢが随分エライ人だということがあった。このをぢは電話をかける場合、まずテーブル下のボタンを押して「行政のプロ」を呼び出し、「行政のプロ」が現れると「どこどこの誰々に電話しろ」と言って電話をかけさせる具合だった。そして、行政プロが部屋に入ってきて「誰々さんが電話に出ました」と告げたら電話に出るわけじゃ。とにかく、自分で電話は掛けない人じゃった。唯一、青瓦台から電話がかかって来た時に緊張感のある話し方をしていたのが記憶に残っておる。
その他の特徴としては、行政プロがお金を持っていたため、毎日美味しいお昼ご飯にありつけたということがある。毎日4人で10万ウォンぐらい遣っていたから、当時の物価を考えたらかなりのものじゃて。
「毎日ヘルスクラブに行っていたんですか」
「いいえ、週に2,3回です。その他の日は直接(9時までに)オフィスに行っていました。ちなみに、行政プロもこのをぢとサウナに行ったことがあるそうですが、『エライ人と風呂屋に行くのは本当にヤダ』と言っていました。をぢが湯船に浸かっている時はサウナ室にいて、をぢがサウナに来そうになったら外に出るようにしていたそうです」
「をぢさんはみんなと食事しなかったのですか」
「いいえ、してましたよ。夕方、をぢ+証券プロ+私、で鮨を食べに行ったこともあったし、プロジェクトを解散する時は、みんなで中華料理を食べました」
「なぜこんな昔話を書いたんですか」
「なぜでしょうね。行政プロや女子大生プロもこの時の1ヶ月のことを時々思い出すのかなぁ、なんて思ったりします」
[2005-08]