やあ、君たち!
李方子(イ・バンジャ)が誰なのか知らないって人は、本を読んでもらったり検索してもらえば分かるよね。
ボクが初めて李方子について知ったのは、1970年代のことだったんだろうと思う。
ある日本人女性(明治生まれなので結構な歳だった)がボクに向かって言うわけさ。
方子(まさこ)さんは皇族のお嬢さんで、ウチの女学校ではとても人気があったのよ。
そして、みんなが(昭和天皇の)結婚相手は方子さんだと思っていた。
でも、方子さんは(昭和天皇と)結婚するどころか、海外にお嫁に出されることになってしまった。
これを聞いて、そりゃみんなで泣いたのよ。大泣きした。
○○(商社マンをしている息子)が最近韓国で方子さんに会ったらしくて「お母さん、方子さんは元気だったよ」って言ってた。嬉しかった。
簡単に補足説明すると、
「梨本宮方子(なしもとのみや・まさこ)は朝鮮の皇太子に嫁ぐが、日本の敗戦に伴い日本に戻る。その後、(日本政府が生活費をくれないなどの理由で)再び韓国に渡り晩年は韓国で慈善事業などに力を尽くす」
って感じかな。ちょっと端折り過ぎだけど。
通常のパターンとしては、方子さんは「日韓友好の架け橋」のような扱いをされているみたいだね。「李方子女史は今なお韓国人に最も愛されている日本人の一人です」のような感じで。
そりゃそうなんだろうけど、なんだか「そういうことじゃないだろ」って思ったりもする。
ボク的には、「もしも梨本宮方子が昭和天皇と結婚していたら」という所からきっちり問い直して欲しいんだけれど。
「歴史に"if"を持ち込むな」「レバタラ麻雀は禁止」「レバニラ炒めは嫌い」という意見はあるんだろうけど、もしも昭和天皇のパートナーが方子妃だったらどうなっていたのか?ってことから妄想を限りなく膨らませて行って欲しい。
「良子妃」でなく「方子妃」だったら「美智子さん問題」もなかったのではないか。「美智子さん問題」がないということは「雅子さん問題」も生じなかったのではないか、みたいな。
ちなみに、今回ボクが作った
梅の実のたわわ李方子といふ人生
という句は李方子妃への鎮魂句のつもり。俳句としては破調が多少気になるぐらいで、まあ普通の句だよね。
[2004-06]