あなたたち!
美しき日々(トピックのバックナンバー)を読むと分かる通り、初期(1999年、2000年)に書かれた文章はとても下手。また、素材的にも相当にツライページがあります。
じゃあ、なぜそういうツライページを削除しないでそのまま残してあるのかってことになるんだけど、実は先生も削除は一度考えたことがあるのよ。リストをプリントアウトして、残すべきトピック・削除すべきトピックってマーク付けをしていったの。そうしたら、三分の二が削除の対象になって、心の中を秋風が吹き抜けて、それで削除作業はしないことにしたわけ。
それと、削除をやめた理由は、あと一つあります。
俳句のページは1995年分から載せているんだけど、1995年の三句はとても下手。そりゃそうよね。この三句は生まれて初めて作った句なんだから。しかも、騙されて出席した句会で…。
じゃあ、なぜ1995年の句を削除しないのか。そもそもなぜこの三句をWebに載せたのか。
それはつまり、このサイトの方針として「下手なものはそのまま見せる」ってことがあるからだと思うの。下手であることは恥ずかしいことではあるけれども、別に悪いことをしたわけではないし、下手なものが時間の経過によってある程度上手になっていく、その上達の様子を見せれば、これはまた一つの情報提供になるわけだしね。
そういうわけで、トピックの初期のものも削除しないでそのまま残してある。句読点の打ち方なども今のものとは統一がとれていなかったりするけど、直したりしないでそのまま。
さあ、ここまで削除関連の話しはいいとして、先生が今日言いたい事はここからなのよ。
トピックにしろ俳句にしろ初期のものは下手である。じゃあ2年前のものと今のものを比べた場合、今の方が上手かというと、それは決してそうではありません。むしろ、2年前の方が内容的に濃い〜ものがある場合が多い。2年前に比べて技術面で上達しているわけでもない。なぜこんなことになってしまうのかしら?
つまるところ、俳句であれ韓国語の学習であれ、「3年限界説」ってことだと思うのよ。3年やったら、もう伸びない。韓国語の場合だと、単語の管理が大変になって来る。言い換えると、憶える言葉よりも忘れる言葉の方が多くなる。
もちろん、一所懸命一所懸命トレーニングや勉強を続ければ少しであれ伸びていくんだろうけど、「その労力を他の新しい事に使って、その新しい事がどんどん上手になるようにした方が楽しいはずだ」って誰だって思うわよね。
何かを始めたら、3ヶ月は続ける。3ヶ月続けないと「それが一体どういうものであるか」が分かりません。3ヶ月経ってやめたければやめる。面白ければ続ける。
次に、3年経つと色々ごまかしが出来るようになるので、ここで打ち切りにする。(積極的な付き合いはやめる。)
ちなみに、もし3年経った段階でやめなければ、次のターニングポイントは10年目ではなく、30年目です。3年経った段階でやめないというのは、かなりの覚悟を必要とするってことになるわね。
[2003-05]