先日夕食を摂った店は、韓国には珍しくU字型のカウンターで、カウンターの中から色々な料理が出てくるという仕組みになっていた。 それで、私の対面(トイメン)には50代の夫婦、60歳ぐらいの男三人連れ、30代の銀行員風の男二人、という具合に七人が座っていて、食っちゃ話し/食っちゃ食べ、みたいの光景が繰り広げられていたんだけれども、これをチラチラ見たりするうち、「そうか。僕は韓国人がメシを食っている光景を見るのがとても好きなんだ」ということに気がついた。
これはどういうことなんだろ。
まず言えるであろうことは、韓国人にとっては食事は一大関心事であり、だから食事をする時は全身でその喜びを表現するのだ、ということ。その喜びがこちらにも伝わって来る。
ほら、韓国人や中国人は「こんにちは」の代わりに「食事しました?」と挨拶するって言うじゃないですか。これは確かに言えることだし、そういった意味では、食事は確かに重要視されているのだと思う。
ちまちました食生活を送っている日本人がある種ダイナミックな食事風景(より根源的な食事の風景、食事の原風景)に立ち会って、「ものを食うということはこういうことだったのか!」と認識を改めて感動するってことはあるでしょう。
ただ、いいですか?
ここから先が少し難しいんですけど、例えばの話し。主婦・佐藤A子の家に主婦・鈴木B子が遊びに来ました。その時、ダイニングテーブルでA子の長男、a男(高校生)が食事をしていたとします。
B子「ホント。若い男の子が食事してるのって見てて気持ちがいいわね」みたいなことをB子は口に出して言ったり心の中で思ったリすると思うんです。
ここで注意すべき点は、a男は決して嬉しそうに食事しているわけではない。むしろ、ふてくされたような感じで食事をしているということです。それでもなぜ、B子は気持ちいいと感じてしまうのでしょうか。
韓国人が食事しているのを見て私が感じるのは、このB子の感覚かもしれない。
お昼時に、韓国人が一人でつまらなさそうに食事をしていても、どこかが日本人と違う。
つまらなさの中にも喜びあり、ってわけでもないと思う。
一番簡単なのは、「すべての韓国人は高校生である」と結論づけることですが…。
あっ。
韓国人=高校生と考えると、食事ばかりでなく韓国人の行動様式のほとんどが説明出来そうだぞ!
[2003-01]