大統領選挙が19日にあるとかで、道を歩いていると「二番、ノムヒョンをお願いしま〜す」などとおばさん三人連れに頭を下げられちゃったりするのだ。
そういうことでちょっと落ち着かないんだけど、所詮選挙権もないわけだし、こういう日には敢えてのほほんと俳句の話しなんかをしてみたい。このサイトの訪問者の中には俳句やっている人が時々いるようだしね。
自分の作った俳句を年度別に見て行くと、96年の句の中では
が強く印象に残っている。自分の中では、「煉炭以前、煉炭以後」という風になっていて、「自分は韓国でこうやって俳句を作っていくんだ」と決意するに至った(←ちょっと大げさ?)句。
98年の十句の中では
が好きだけど、
のようにしっかり切った方がいいのかとも思っている。「切れ」について未だによく分かっていない自分。(句を作った時の場所等については説明しません。自分で句を作って自分で状況説明するのは野暮なことだと思うので…)
99年の中の
は
とどちらがいいのか迷った。未だに結論は出ていない。
2000年の句の中の
については、後日
という句があることを知り、ネット上の俳句知人に「こういうことってどうなんでしょうねえ」と聞いたところ、「この二句は言っていることが全く違うから類句ではありません(きっぱり)」というような返事だった。まあ、白菜とか大根とかは、一番消費量が多い野菜だけあって、言い方が出尽くしちゃってるかもね。
2001年の
については、ある日「<湖>と書いて<うみ>と読ませるような句を作っちゃいけない」というような文を見て、「ええ!そうなんですかぁ?」と思った。<亡父>と書いて<ちち>と読ませるのはさすがにチョット行き過ぎかと思うけど、湖(うみ)も反則なのん? 俳句界では許されるのかと思っていたのにぃ。
2002年の句の中で印象に残っているのは
かな? 日本語が話せる韓国人に「この<にて>はどういう意味ですか?」と聞かれて、上手く説明できなかった。
* * * *
韓国人と俳句について話しをする時にはそのまま「ハイク」と言うのが正解で、中国,人と俳句の話しをする時には「俳句」を中国語読みして「paiju」と言うとコミュニケーション出来るようです。中国語で俳句のようなものを作るのが「漢俳」なのだそうですが、詳しい事はよく分かりません。
ああ、今回は分からないことだらけ。
[2002-12]