あなたたち!
友達をつかまえて、「その服はどこで買ったのか」とか、「その靴はどこで買ったのか」と訊く人がいるけど、先生そういうことはよくないことだって思うの。
そもそも、みんなが服を着る第一の目的は何かしら? 体を保護するため? 他の人がみんな服を着てるから?
そうじゃないわよね。服を着る第一の目的は<身体的欠陥をカバーするため>。そう、だからファッションショーに行くとモデルがやたら露出度の高い服を来て出てくるのよ。モデルは一応、身体的欠陥がないからね。
だから、着ている服についてなんたらかんたら聞くのは、聞かれた側からすると、身体的欠陥に触れられた、心の琴線に触れられた、ような感じがしちゃうわけよ。あ、「心の琴線に触れた」の使い方が間違っていた? 要するに、「心の琴線に触れて不協和音を奏でちゃう」わけね。
「衣装−身にまとう物−は身体の一部であり、プライバシーに属するものである」なんて風にも言えると思うのよ。
もちろん、「服をどこで買ったか聞くのは、その服が欲しいと思ったからだ。その服を間接的にほめているのだ」と言う人がいるかもしれない。でも、仮にそうであったとしても、その場合にどこで買ったか教えてしまっていいのかしら? 駄目よね。教えたらその人が同じ店に行って、色違いなんだけどデザインは全く同じ服を買って来たりしちゃう。二人が同じ日にそれを着て出て来たらどうするのよ。
よーっく考えて見ると、「どこで買ったか」と聞く人は、意識的無意識的にしろ「自分ならもっと上手に着こなせるよな」なんて思いながら質問してるんじゃないの? 「参考のために聞いておこうかな…」みたいな。ホイホイ教えるのは絶対間違ってるって、先生思う。
それから、街を歩いている時や飲食店なんかで、知らない人に「その服どこで買ったんですか?」と聞かれる場合があるのよね。これって、韓国人や大阪人の得意技なの? 世の中ここまで行くと、「情報の共有」「ネット社会だぜ」みたいな感じがして、ある種のすがすがしさを覚えちゃうわね。聞かれても教えないけど…。まあ、知らない人に聞かれるのはソウルでも1年に1回あるかないかだし、大阪については人から聞いた話しだから、あまり大したことはないんだけどね。
それじゃあ、反対に、先生が他の人が着ている服について聞いたことはあるかってことだけど…。
最近、某社の韓国人社長が穿いていたパンツ(ズボン)がおしゃれっぽかったので、社長の部下にメールを送って「社長が穿いていたズボンのブランドを教えて下さい」と言ったら、返信メールが来て曰く、
「わが社の社長は名品志向ですが、あの日に穿いていたズボンはたまたま近くの商店に行った時にデザインが気に入って購入した物で、しかしその店は閉店してしまったので、もう購入は出来ないそうです。『せめて商標名ぐらいは教えて下さい』と言ったところ、『店がつぶれてしまって商標名もわからない』とのことです。お役に立てずすみません」
とのことでした。
何ぃ! 商標名がわからないってことはないだろ! いくら安いものでも、裏に商標が縫い付けてあるだろ! それに、「たまたま近くの店に行ったらデザインが気に入った物があった」だぁ? 不自然じゃないか!
みんな、この話し、どう思う? ブランド名を聞かれたのに意地悪して教えないってのは良くないわよね。先生、みんなはこんな風に意地悪な人になっちゃいけない、ってつくづく思うの。
[2002-11]