数日前のMBCニュースで、「外国人が驚いてしまうほど韓国人はサッカーの応援が熱狂的だが、その原動力はどこから来るのか」という分析がありました。その分析では三つのものを挙げていたのですが、みなさん、聞いてやって下さい。
(1) 韓国人には「防御的愛国心」がある。それは、わが国が侵略を受け続けたからである。この「防御的愛国心」があるため、韓国人は自国のチームを応援するのである。
とりあえず、「防御的愛国心」って何?とか思ってしまいます。そして、「防御的愛国心」→サッカーの応援というのは無理がある展開ではないか、と。「防御的愛国心」で説明できるものがあるとするなら、IMFの時、政府の呼びかけに応じて貴金属を差し出した韓国人が予想以上に多かったということなどではないでしょうか。
(2) 個人より共同体を重視する農耕文化も関係しているという分析がある。某教授「家族と親戚、そしてそれを拡大した国家という意識があったのですが、今回はその「国家」という意識がワールドカップをきっかけに花開きました」
うーむ。では、農耕社会でない国はサッカーを一生懸命応援しないのか? というハナシになってしまうはずですが…。
(3) 専門家は、イタリアがそうであるように、熱狂的で興奮しやすい半島国家の気質も無視できないと指摘しています。
なんなの、これは。「半島国家」というのはどこどこの国で、熱狂度・興奮度の測定をして半島との相関関係をみたのか?と思ってしまう。
このように奇妙な分析がゴールデンタイムに放送されていたわけですが、この奇妙さも韓国チーム応援の声にかくれてしまったみたい。もっとも、ある韓国人とこの分析の話しになった時、この韓国人はこの分析を相当に馬鹿にしていましたけれど。
ただ、こういう「いやんな分析」を目の当たりにした時、「バッカじゃないの」とか言って通り過ぎてしまうのはあまり生産的ではないし、楽しい生き方ではないと思う。「いやんな分析」を上回る「いやん×いやんな分析」を行う必要があると思うのです。
韓国人はなぜサッカーの応援を一生懸命するのか?
答えは簡単。「サッカーは韓国の<国技>だから」です。
いつから<国技>になったのよ?
それは調べている時間がないので省略しますが、韓国のサッカーは原始時代から盛んに行われていたと考えざるを得ません。その根拠となるのが、次の漫画です。
「退場」
ピーッ
退場!
あんたら
なぜ退場を?
最後のコマのセリフがキーポイントです。ここでは、「スライディングタックルがないサッカーはつまらない」「そうよねえ」のようなハナシをしています。
これは朴水東(パク・スドン)という漫画家の「コインドル」という漫画です。原始時代を舞台にした漫画で、漫画家本人は「園山俊二のはじめ人間ギャートルズのようなものかな」と日本人に言ったリしていますが、『はじめ人間ギャートルズ』よりはるかに面白いと思います。
この漫画は「成人漫画」に分類されていて、内容的には確かに成人向けでエッチなのですが、サッカーボールやサッカーゴールの描き方をしみじみ味わうべきでしょうね。
次の漫画を見てみましょう。
「フリーキック」
ピーッ
キャッキャッ
ピーッ
うん、これも最後のおじさんのセリフ。「ま、確かにそうだわな」みたいなことを言っている。ちょっと渋いですね。
この朴水東の漫画では、私は「コインドル」よりも他の作品が好きです。そして、他の作品でもサッカーボールやサッカーゴールは同様の描かれ方がされており、アシスタントを節約するために背景は描かれていない。
えっと…。だから、こういう漫画が1987年には単行本として存在していたぐらいだから、韓国は「サッカー命」で応援に燃えちゃう国なんです。
[2002-06]