斬り捨て御免、ならぬ切り捨て御免。
1月27日の日記で書いたことですが、韓国の企業サイトは画像てんこ盛りをしていて、きわめて重いです。また、やれ何々をインストールしないとこのサイトは見られない、とうるさいことうるさいこと。
ダイアルアップの人や、古いコンピュータでインターネットをしている人には随分冷たいやり方です。このやり方の根底には「ついて来られない者は切り捨ててよし」という思想が流れているんじゃないだろうか。
日本のヤフーと韓国のヤフーを比べてみるといいと思います。日本のヤフーは幅700ピクセルぐらいで作っているのに対し、韓国のヤフーは幅900ピクセルぐらい。日本のヤフーは、画面が狭い人にもやさしい作り。韓国ヤフーは画面が狭い人に不便を強いている。同じヤフーなのに、韓国ヤフーは「コンピュータを買い換えないアンタが悪い」と言わんばかりです。
これも以前書いたことですが、韓国では歩道橋ができると、そこにあった横断歩道をなくしてしまうことが多い。脚が悪い人など、時間がかかってもいいから横断歩道を使いたいという人はいるはずなのに、歩道橋一本にしてしまいます。
このようなやり方、すっきりしていて羨ましいと思えなくもない。いつまでも過去を引きずっていたら私たちは未来に向かって羽ばたけないしね。よく言われる、「韓国人は整形手術を受けることに抵抗がない」というフレーズも、切り捨て思想の延長線上にあるものなのかもしれません。
就任の翌日に「ベトナム戦争への参加は傭兵であった」と発言した長官は、切り捨てられて即辞任。
・・・あれ? これって、もしかして、「韓国は不用意な発言をした長官を切り捨てた」のではなく、「韓国はベトナム戦争に参加した人たちの顔色を窺わざるを得なかった。韓国は<ベトナム戦争>を切り捨てることができず、うじうじ引きずって生きているのだ」と読むべきなのですか?
うむ〜。「切り捨て思想」という仮説を立てて、自分に都合のいい例ばかりを挙げようとしたのですが、作戦は失敗に終ったようです。
[2002-02]