「私に似た人」とか「あなたに似た人」というテーマは随分ありきたり。エッセーや短編小説などのタイトルでもイヤになるほどありそうです。
私の場合、自分にそっくりな人には日本でも韓国でも会ったことがない。
でも、ソウルの日本大使館でこんなことがありました。
ちょっと離れた所から私を見ていた60歳ぐらいのおじさんがつつつと寄ってきて、「失礼ですが、○○さんの息子さんじゃないですか?」と私をちょっと見上げるような感じで言う。
「いいえ、違います。私、日本人ですよ」
「あれえ、そうですか。いや〜、○○さんに瓜二つで、てっきり息子さんだと…。いやあ」
「その方はソウルにいらっしゃるんですか?」
「いや、ソウルじゃなくて、××だけど。何年か前に亡くなったさ」
「そうですか」
「いやあ、しかしそっくりだ…」
と、まあ、こんな風だったわけですが、「何それ。赤の他人で瓜二つ、ってケースはなんぼでもあるだべさ」とお思いの方が多いと思います。
このおじいさんが、なぜしばらく私にまとわりついて離れなかったのかというと、その理由は次のようなものではないでしょうか。
つまり、日本には「世界には自分とそっくりの人が3人いる。それは中国にいるかもしれないし、南米にいるかもしれないけど、とにかく3人いるんだ」みたいな言い方がありますよね。韓国にはこれが無いのです。だからおじさんの衝撃が大きかった。
もっとも、○○さんと私がどの程度似ているのかを確かめなければいけないのですが、今となっては知る術がない。
○○さんの生前の住所を聞き出して家を訪問すべきでした。上手く行けば遺産相続の権利を主張できたかもしれないし、悪くても近所のおじさんおばさんを集めて飲めや歌えの大宴会は間違いなかったはず…。
* * *
「ねえ、斉藤さんって、どこどこの坂部さんに似てると思わない?」「ん? あはは、言えてるかも」
のような場合があります。これはこれでいいと思うんですが、どこどこの坂部さんが韓国の人だった方が国際的で面白い。突然韓国語べらべらの斉藤さんって、不気味でいいじゃないですか。
そんなわけで、私のライフワークの一つに日本人(有名人、無名人問わず)のそっくりさんを韓国で探しておく、というのがあります。そして、日本から人が来た場合、「○○社の△△さんにそっくりな韓国人がいますよ。今から見に行きましょう!」と言って、わざわざタクシーに乗ってそっくりさんのいるお店や職場まで一緒に行く。
そして、「これから私が短い会話を交わす人がそのそっくりさんですから、よく見ておいて下さい」という寸法になるわけですが、結果どうなるかというと、「全然似てないぞ。つまんね」「早くメシ食いに行こうぜ」みたいな言い方をされて終わってしまうのでした。僕って何。
[2001-11]