さあ、困った。
今から書くことは、いつにも増して自分自身の中で整理ができていない事です。たらたら書き流すしかないのでしょうか。しかも、テレビドラマを見ながらキーボード打つという最悪の状況…。
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戦後の広告コピー史というと、「大きいことはいいことだ」や「モーレツからビューティフルへ」を真っ先に挙げる人が多いと思います。その時代の空気を映していたコピー、時代と寝ていたコピー、とでも言うべきかな。
韓国にも時代を拓いたコピーはあります。その代表的なものは「ヒョンニム、モンジョ、アウ、モンジョ」(兄さんがお先に(どうぞ)、弟がお先に(どうぞ))というもの。このコピーをタイトルにした映画が1980年に製作されたようですから、広告自体は70年代末のものであるはずです。(←随分いい加減。広告年鑑で調べれば分かるのに。)
この広告は農心ラーメン(辛ラーメンを作っている会社です)の広告で、大胆に言い切ってしまえば、この広告によって韓国の広告はモノから離れたのであり、しかもそこには韓国人の「情」が盛り込まれていたのであった、というわけです。
しかし、私の感触では、一般の韓国人はこのコピーの存在そのものを知らないことが多い。なんていうか、一般韓国人の頭には「戦後史=戦後政治史」とインプットされているのではないのか、と思ってしまう私です。
韓国人の頭は硬い。世の中、政治史だけで動いているんじゃないと思う。「戦後おもちゃ史」「戦後えっち産業変遷」などの視点が必要じゃないでしょうか。
韓国の田舎に某日本人が誰かを取材しに行って、「韓国人も取材に来たことがないのに日本人が取材に来た!」とか言ったり言われたりって状況は、やっぱり変だと思います。要するに、韓国人も微ニ入ルべきだ、と言いたい私。
放送局に勤務している人が書いた修士論文「韓国のテレビドラマ史」−このタイトルを見て、「すっげー、面白そう」と思ったあなたはお馬鹿さん。そこには、70年代のドラマは青春ドラマが何%で、80年代のドラマは大家族ドラマが何%、などと書いてあるだけです。無味乾燥。
大体、「テレビドラマ史」っていったら、「○○以前、○○以後」というエポックメイキングなドラマの名前が出てきて然るべきではないでしょうか。例えば、「『嫉妬』(チェ・スジョン、チェ・ジンシル主演)によって韓国ではトレンディドラマというジャンルが確立したのだ」とか、そういうことです。
そもそも、何十年代は何が何%、何十年代は何が何%、とか表を作って、やってて楽しいのかぁ? という感じ。もっとも、この分析作業、本人がやってるんじゃなくて、お金払って学生にやらせたんでしょうけど。
なーんか、最近の韓国はチョット変だと思うんですよ。
日本の教科書が良くないから文化開放をしないと言う政府、「MBCが<タレントはプロダクションに対し奴隷のような存在だ>と報道しているから今後MBCへの出演を拒否するぞ」と言う芸能人たち、「作家・李文烈が新聞社への税務調査を<言論弾圧>と言っているのはけしからん。これまで購入した李文烈の本を作家本人に送り返すぞ」という読者。こんなのばっかし。
問題になっていることについて自分の意見を述べるのはイイんですけど、それを解決するための方法としてどういう方法が適切かを考えるのではなく、「俺たちゃ頭に来てんだぞ!」レベルで動きたいままに動いている。ちょっと危ないです。
[2001-07]