先日、某銀行に行ったらすごいお客さんの数。番号札を見たら、50人ぐらい待たなければならない状況になっていました。
で、「早い窓口」というのがあって、小太りの男子行員が「入金だけなさるタンゴルソンニム(お得意さま)はこちらにいらして頂ければ、番号に関係なくお取り扱い致します」とアナウンスしていた訳ですね。
私はこの銀行は取引銀行ではありませんでしたが、ちょくちょく利用している銀行だったのでこの窓口に行ったら、キツネ目嬢が「お客さんはウチの通帳を持ってないからダメです」とか突き放したように言うじゃあーりませんか。
うそ〜!
普通の人ならここでムッとして(最近の言葉で言うと「キレて」ですか? 私はこの言葉は文章全体が荒れる気がしてどうも使いにくいです)、「それならそれで、<タンゴルソンニム>なんて曖昧な言い方をしないで<当銀行に口座をお持ちの方>とハッキリ言えよ!」と語尾を荒げるかもしまいません。
こういう理不尽なことに出会った時、自己主張をすることが、結局その社会やその社会のサービス産業を育てていくのだ、という考え方もある。
でも、私は黙っているだけ。それは何故かというと…。
日本に住んでいた時、郵便局に行きました。
ほら、郵便局って、よくありがちなんですが、切手を売る窓口には10人以上並んでいて、その隣の郵便貯金とか書留発送とかの窓口には誰もお客さんがいないという現象があるじゃないですか。その状況が展開されていた。
それで、30才ぐらいの男性が「なんでこんな風なやり方なんだよ! 隣の窓口は空いているんだから、臨機応変で隣の窓口の人が手伝えばいいじゃないか!」と大きな声で言っていた。
で、郵便局の一番奥に座っていたおじさんが「お客さん、どうぞこちらへ」と奥の郵便局長室に案内したのですが、その男性は更に怒って、「あんたたちはいつもそれだ! 臭い物にフタをすればいいっていう考えだ!」
まあ、この男性の主張は80%正しいのですが、困ったことに、この人は私の先輩(関連会社の人)だったのです。
それで、この時に何かとても恥ずかしいものを見てしまったような気がして、以来私は、サービス産業関係の人のミスをビシバシ指摘することが出来ない体質になってしまったのでした。
韓国で出会ったのは、こんな光景。
日本人3人(韓国在住の記者、日本から出張で来た人、私)で、韓定食の店にお昼ご飯を食べに行ったのですが、お店の人が次から次へと料理を持ってきて、仕舞いにデザートまで持って来たので、記者が「なんで急かすように料理を出すんだ。早く帰れってことか!?」みたいなことを言って怒り出した。
むうぅ…。
韓国人の若い人なら料理がたくさん出てきて怒る人はいないと思う。50代、60代の人なら、「おいおい、もうちょっとゆっくり食わせてくれよ〜」と笑いながら言うかもしれない。
ちょっと解せないのが、この店、記者の行きつけの店だったということです。料理の出し方もきわめて韓国的なものだったし、なぜ怒ったのだろう。韓国社会でバリバリやっているという印象を他の日本人に与えたかったのだろうか。
もちろん、欧米人も怒りますよね。
ドイツ人男性とイタリア人女性が東京・青山のレストランでデートをした時。ドイツ人とイタリア人が違うメインディッシュを注文して、ドイツ人の料理の方を早く持って来たので、ドイツ人が烈火のごとく怒ったそうな。(イタリア人から聞いた話しです。)
「なぜ、調理時間を逆計算して同時に出来あがるようにしないんだ!」
これは、女を前にしてのパフォーマンスなんでしょうけど、イタリア人は「単にびっくりしただけ」だったそうです。
あ、そうそう。私の数少ない経験から言うと、ドイツ人って怒ると怖いんですよね。ドイツ人に接する時は、落ち度がないか何度も確認をして下さい。約束の時間に遅れないように、時間の逆計算をくれぐれもよろしくね。
[2001-06]