中国語を習い始めてから相当時間が経つのですが、ここ最近上達は頭打ちになっていて、その代わりいつのまにか「中国語教科書研究家」になっている自分がいました。
中国で作られている中国語の教科書、なかなか上手くできています。何しろ、北京に行った時、<おお、街ゆく人が教科書に出てきた例文をしゃべっている!>とびっくりしたぐらい。もう、会話のやりとりなんかも、教科書の本文部分を再現すればそれで解決しちゃう。
中国人って、この種のこと(教科書作りなど)にもともとセンスがあるのかも。
さて、会話の教科書は中国に留学に来た人を主人公にして展開する場合が多いのですが、その中にはアメリカ人、日本人、韓国人などが出てきます。日本人がどのように描かれているか見てみましょう。
まず、読み物のテキストにある「藤野先生」の話し。この話しは御存知の方が多いでしょうが、魯迅が仙台医学専門学校に留学した時、出会った先生が藤野先生です。藤野先生は解剖学の先生で、ある日魯迅を自分の研究室に呼んで「聴課有没有困難?」とか訊ねるわけです。それから魯迅のノートを「仔細地用紅筆従頭至尾進行修改」しました。ここが有名なシーンです。
その後、魯迅は日露戦争のフィルムを見て日本人学生が万歳と叫ぶのを聴き、「他決定放棄医学,改学文学」 で「他找到藤野先生,談了自己的志願」 そうしたところ、「藤野先生舎不得這個有志気的中国青年,但却被他的愛国熱情感動了」
うーむ。繁体字で書くとイマイチ盛り上がりに欠けるような気がしますが、ま、そういうことで、後に魯迅は散文《藤野先生》を書くことになるわけですね。
このテキスト(北京大学出版社「漢語中級教程」)は日本人ばかりではなく、各国の中国語学習者が使うわけですが、<なかなか良いのでは?>です。日本の教授は偉かった!
次は別の教科書(北京大学出版社「中級漢語口語」)からです。「我在中国的留学生活」というテーマでスピーチコンテストが行われたという設定で、日本人の発表文《一件小事》が出てきます。(もともとは藤田香という留学生が書いた文とのこと。)
私たち留学生はみんなで話しをして、餃子を作ることになりました。まず私が野菜市場に行って白菜を一個買ってくることになりました。(杉山注:白菜の数え方は一個が一【木果】(木へんに果)、一山が一堆です。)
野菜市場に行くと、白菜が山のようにありました。お店の人に“師傅,我買【木果】白菜,多少銭?”と言うと、店員が答えて
“放下! 那是按堆売的、要買就買一堆,一【木果】不売。”
私は困ってしまいました。白菜一山は四五個あり、一山買って帰ったら一ヶ月かかっても食べきれません。その時、おばあさんの声が聞こえて来ました。
“姑娘,イ尓 是大学生ロ巴?” “我是日本留学生。” 私は答えました。おばあさんは、こんなに若い人が父母のもとを離れて遠いところに勉強に来るのは容易にできることじゃない、と言った後、
“イ尓 剛才是不是説要買【木果】白菜?”
私がそうだと答えると、おばあさんは自分の籠の中から一番大きい白菜を取り出し、
“姑娘,這是我買的,拿去吃ロ巴!”
私がお金はいくら払えばいいですか、と言ったところ、おばあさんは、お金はいらないと言って行ってしまいました。その時、私は自分の母親、祖母のことを思いました。私は、これは母の愛である、世界のどこに行っても母の愛に会うことができるのだ、ということがわかりました。
大体、こんな内容です。すごいぞ、藤田香さん。でも、こちらのは藤野先生と違って、あまり日本人的という感じはしません。韓国人留学生でも書きうる文だと思う。
別の教科書(北京語言文化大学出版社「中国語実用会話」)では、望月さんという架空の日本人留学生が出てきて、「我們班同学進歩都很快,特別是望月」(特に望月は進歩が速い)などという例文があります。それと、留学生同志で望月のうわさをするシーンでは、「望月は謙虚であるが少し内向的であり、性格は良く、声がきれいである」などと言っています。私としては、中国人女性の声の方が綺麗だと思いますけどね。
この本には李鍾文という韓国人留学生も出てきますが、マイナーな役回りです。
このように見てきましたが、中国語の教科書には問題点がないわけではありません。次の項に続く。
[2001-04]