ソウルはこのところ寒くなりました。
ソウルの寒さはどのくらい? と聞かれて、「仙台ぐらい」と答える方法もあるのでしょうけど、仙台の方に住んだことのない人にはほとんど無意味な情報ですね。私は仙台には一度しか行ったことがない。
ソウルの寒さについて話しをする時、韓国人も日本人も口を揃えて言うことは、「昔のソウルは寒かった」
「昔は、部屋の中にある水が朝には凍ってたんだから」「漢江も毎年凍って、スケートしてたんだから」‥‥韓国人のお話。
「昔ソウルに来た時は、夜タクシー待ってるのに、足の裏が痛くなって立っていられなかった」‥‥これは日本人。そう、あの頃は、ただ立っていると足の裏が痛くなるので、タクシー待ちながら皆でピョンピョン飛び跳ねていたんですよね。よく凍死しなかったもんだ。
それから、朝の9時頃でもめちゃくちゃ寒くて、耳を押さえながら歩いていた。ここ数年は耳を押さえた経験がありません。
ただ、ソウルから出て、北の方、あるいは山の方に行ったりすると、寒さは今でもシャレにならないと思う。鉄原市なんかも寒いです。
朴婉緒氏の小説「ノムド・スルスルハン・タンシン」の冒頭部分を見てみましょうか。
彼女が経験した卒業式は、おしなべて寒かった。彼女自身の卒業式を始め、子供たちの学校の毎年の卒業式の共通点は苛酷な寒さであった。しかし、最も寒かった卒業式は、校長用の官舎の暖かな部屋で話しにだけは聞いていた、田舎の小学校の卒業式である。田舎の空気は都会より三、四度は低く感じるものである。
うーむ。日本語にしたら読みづらくなってしまいましたが、とにかくそういうことらしい。韓国の学年は3月スタートで2月終わりということに注意して下さい。これ読んで、「日本の田舎も昔は寒かったよな〜」などと思っているおじさん、おばさんがいるかも知れませんね。
「やっぱり冬は寒くなくちゃあね。冬が寒くて、夏が暑い。それでこそ農業が上手くいくんじゃないですか?」というのは某タクシー運転手のお言葉。
なお、ソウルの若い男性はどんなに寒くてもズボン下は穿きません。日本と同様、ズホン下を穿いていることが友達に知られたら、相当に馬鹿にされるのは間違いない。
もしあなたが韓国の飲み屋の女の子に
「ねえ。お客さんはズボン下穿いたりするの?」と問われたら、
「そんなもん穿いてたら、脱いでる間に女に逃げられちまうだろ!」と答えるのが最もおしゃれだと思います。多分ね。
[2000-12]