例えば、東京・港区の西麻布の交差点に行く時、「霞町にやって下さい」とタクシーの運転手に告げる言い方があります。「西麻布の交差点」は今の(正式な)言い方、「霞町」は昔っからの言い方です。
で、西麻布と霞町、どっちがおしゃれな言い方か、というと、それは文句なく「霞町」でしょう。「兄貴が霞町と言ってたから」とか「なんか知らないけど、霞町って言わないとしっくりこない」とか、嘘か本当か理由はいろいろあるのですが、まあ要するに、「私って、昔からここいらと関係あった人間なのよ」を演出する言い方ですね。
この「西麻布-霞町」現象は、西麻布一帯がおしゃれなゾーンであるため特にきわだった現象なのですが、東京の他の地域についても、古くからの地名を使うことによって「私は東京人!」を演出することは出来ます。これから東京デビューする人は「赤坂のホテル・ニュージャパンの前」なんかをレパートリーにしておくと良いかもしれませんね。
さて、ソウルです。
ソウルでも「古い呼び方なんだけど、ソウル人の間ではお約束」というものはいろいろあります。
私が使うもので言えば、「ファシンの前」「デーヨンガク」「昔のMBC」などでしょうか。それぞれ、「鍾路YMCAのやや光化門寄り」「新世界デパートの近く」「京郷新聞社」程度の意味になります。ファシンは昔あったデパート、デーヨンガクは火事がおきたホテル(今は雑居ビル)です。
こういう、昔の地名を言うのって、イヤラシイ言い方でしょうか。見方によっては、そうかもしれません。上の「西麻布-霞町」のように。
しかし、ある都市に住む、ある都市の住人になる、というのは、現在進行形の三原色の写真に過去・大過去のセピア色の写真を重ねて、四次元の空間を作っていく作業だとも思います。何年から何年までソウルにいた、というだけでは、その人は本当にソウル人であったとは言えないでしょう。単に、その期間、肉体が物理的にソウルに存在していたというだけでは。
麻浦に船着き場があった頃、新村ロータリーから孔徳洞に行く道の舗装が途中までしかなかった頃、延世大学の前にバラックの家が固まっていた頃、そんな頃の話をソウルでよく聞かされました。デーヨンガクが火事になった時の話も、ソウルのバスに車掌がいた頃の話も。
「急速に発展した」などと類型的な形容をされるソウルですが、人もソウルも、記憶は抱えているのです。
私のソウル生活は、時に時間を翔ぶ旅行です。ビュトールの小説「時間割」のように。
[1999-08]