なぜ「俳句の歴史」や「俳句発展史」ではなく「論争史」なのでしょう。それは簡単!他人が和気藹々としているのを見るより喧嘩しているのを見る方が面白いからです。
このページは、石寒太「現代俳句の基礎用語」(平凡社)を参考にして作成しました。出来事を古い年代のものから並べています。
正岡子規の没後である明治36年、碧梧桐が「温泉百句」を発表した。
これに対して高浜虚子は、たとえば、
温泉の宿に馬の子飼へり蝿の声
は「蝿の声」が「馬の子」と調和していない、などとして碧梧桐の句法を批判した。
その後の大正2年、高浜虚子は自らを「俳句の為に旧を守らんとする『守旧派』である」と宣言した。同年に発表された、
霜降れば霜を楯(たて)とす法(のり)の城
春風や闘志いだきて丘に立つ
は虚子の決意を詠んだ句として有名である。
ま、碧梧桐の句を批判するのはもっともだと思う。この温泉の句はひど過ぎるわ。
あと、虚子が丘に立って闘志を抱くのは勝手なんだけど、この春風の句ってどうなんだろ。春風という季語はこういう風に使うものなんですか?
昭和9年4月の「俳句研究」に日野草城が連作「ミヤコホテル」十句を発表する。
けふよりの妻と来て泊(は)つる宵の春
夜半の春なほ処女なる妻と居りぬ
枕辺の春の灯は妻が消しぬ
をみなとはかゝるものかも春の闇
薔薇匂ふはじめての夜のしらみつゝ
(以下五句略)
要するに新婚初夜のことを連作俳句で詠んだのである。
この連作を詩人の室生犀星が激賞、俳人・西東三鬼は「俳句の性格をやわらげた」として推した。
一方、水原秋桜子は「ミヤコホテルは傑作ではない」と評し、中村草田男は「憫笑にも価しない代物に過ぎない」と批判した。この後、草田男・草城の論戦が続いた。
むう。こういう句を作っても別にいいと思うのですが、「作品が面白くない」というのが最大のネックです。「俳句の性格をやわらげ」てる? どこが? と言いたいです。
あ! もしかすると「俳句でこの種のことをするととてもクサくなってしまって駄目」ということなのかも知れない。例えばこれが演歌の歌詞ならそこそこイケテルと言えるかも知れませんが、俳句でこの世界を描くことにそもそも無理があったんじゃないのか?
つまり、単に「作品が面白くない」ということではなく、構造的な問題だったのか?
これは有名なので皆さんご存知ですね。
昭和21年、桑原武夫が雑誌「世界」に「第二芸術論 - 現代俳句について」という文を発表した。手もとの俳句雑誌の中から大家の俳句を無記名で挙げ、その優劣のほとんどつけにくいことを導入に、俳句では近代社会の思想感情を表現することはできにくい、俳句をあえて芸術と呼ぶなら俳句は「第二芸術」である、と述べた。
これは敗戦後の俳壇に大きな衝撃を与え、俳人たちに句作態度の緊張をうながした。
ういーん。これ、俳人たちも桑原武夫に反駁すべきところは反駁したそうですが、おおむね謙虚に反省したそうで、論争にならなかった。残念。
それよりも、ちょっと驚いたのが、戦争が終わった翌年だと言うのにこんなどうでもいい話しをしていたことです。桑原武夫も俳句屋も「いい身分だね!」
それと、「俳句を無記名で挙げ、その優劣のほとんどつけにくい」点ですが、俳句は一句だけ見て作者の力量は判断できません。だからこそ、俳句新人賞の審査は五十句出しが条件になっていたりするわけでして。
昭和24年、俳人の志摩芳次郎が、正岡子規の
鶏頭の十四五本もありぬべし
について、「単なる報告である」と批判し、
花見客十四五人は居りぬべし
はぜ船の十四五艘はありぬべし
などと改作してみせ、「そこには何ら優劣が見られない」と言った。
俳人の斎藤玄は
鶏頭の七八本もありぬべし
と作り変えてみせ、やはり鶏頭の句を否定した。
一方、山口誓子は「子規は、鶏頭をあらしめている空間の、その根源にあるものに触れたのである」と言い、鶏頭の句を秀作とした。
山本健吉もこの句を高く評価し、「七八本と十四五本の差は大変に大きい」と断言した。
子規が「十四五本」って言っているんだから、「はあ、そうですか」と聞いておけばいいのに、色々作り変えてみせるのはチョット悪趣味じゃないでしょうか。それと、仮に
鶏頭の七八本もありぬべし
という句とそれほど違いがないとしても、それを根拠としてこの句が秀作でないと言い切ることはできないでしょう。
私はこの鶏頭の句はいい句だと思います。ただ、子規の句には他にいいものが沢山あるのに、人によって意見が割れているこの鶏頭の句をことさら取り上げて秀作だと力説する理由がよく分かりません。
あ、今すごいことを思い出した。
昔韓国のパソコン通信の日本語フォーラムで某韓国人が日本の俳句を少しづつ韓国語に翻訳して紹介するということをしていました。ある時、正岡子規の、
いくたびも雪の深さを尋ねけり
をとりあげていましたが、なんとその人はこの句を、
行く旅も雪の深さを尋ねけり
と解釈していたんですねえ…。
どこに行くっちゅうねん! 子規は病気なんだってば! と思ったことでございました。