東芝のダイナブックと私 in 韓国。
これまで私と出会い、そして別れたコンピュータたちについてお話ししてみましょう。
このコンピュータは1991年3月に購入しました。私がコンピュータを始めたのは、「パソコン通信をするため」です。ですので、コンピュータ購入の際、内蔵モデム(5万円ぐらい)も一緒に購入しました。モデムはFAX機能がついていないのに随分高い値段です。
初代ダイナの特徴は、「ハードディスクがないこと」です。では、データ保存はどうしていたかというと、主としてフロッピーディスクでしていました。RAMをハードディスクのように扱ってバッテリーで記憶を保持したりもしていました。(いわゆるレジューム機能)
日本語MS-DOSのフロッピーディスクを入れて立ちあげると、日本語が扱えます。Nifty-Serveへのアクセスをしました。はじめはNiftyのアクセスポイントに国際電話をかけて繋ぎましたが、これは多分数回しかしなかったはず。telnet経由でアクセスするようになってから割と頻繁にニフティフォーラムの閲覧、書き込みをしました。
日本語関係で他にしたことは、データベース作りやワープロです。プリンタをコンピュータ購入1年後にやっと買ったことを見るに、ワープロはやむなく始めたのでしょうね。
私はプリンタが嫌いです。うるさい、故障しやすい、場所をとる、ゴミを作る、インクの補充が面倒、などなどの理由で。どうも、物理的に動くものはイマイチ信用できない。
この時はインクリボンは使わず、感熱紙に印刷することがほとんどでした。
英語MS-DOSのフロッピーディスクを使うと、韓国語が使えます。韓国語でよくお世話になったのは、「アレアハングル」というワープロソフトと「イヤギ」という通信ソフト。
当時は5インチフロッピーで供給されるソフトが多く、いろいろ苦労しました。また、3.5インチで供給されても、供給フロッピーは1.44メガフォーマットで、初代ダイナは1.2メガフォーマットという変則的なスタイルをとっていたので、精神を消耗させられることに変わりはありませんでした。ダイナを抱いて、友人のオフィスへ、ソフト会社へ。コンピュータとコンピュータをケーブルで繋いでインストールしたこともありました。
私がコンピュータを買った頃は韓国ではノートが珍しい時代で、三星電子なんかへダイナブックを持って行くと、「ちょっと見ていいですか? しげしげ」という感じでした。
そう、あの頃は…。あの頃は、私とダイナと韓国が本当に素敵な三角関係にあったような気がするのです。コンピュータについて韓国人に色々教えてもらったり、パソコン通信のオフラインミーティングで大笑いしたり…。
そして、ある日、初代ダイナは電源部分がいかれて御臨終となったのでした。アメリカのダイナブックを扱っているジョニーという会社があったのですが、その工場まで、危篤状態にあるダイナを見せに行ったことが思い出されます。
こうして私は2代目のダイナを迎えることになります。
※ GS001のスペックや写真はJynatto World(←驚異!)のこのページにあります。1990年1月に定価198,000円で発売。私が買った時は遅かったので、購入価格は12万円ぐらいでした。後に4メガのRAMカード(3万円弱)を入れました。
[2002-01]