~桔梗の花の姉~
二人の子供と妻と一緒にスケートをしていて、後ろにぱったり倒れた。滑ったからではなく、驚いたからだった。
国道47号の車はまっすぐ伸びた車線に沿って円滑に走っていたが、キンキンとした騒音は氷上に仰向けに倒れている私の耳に真っ逆さまに押し寄せて来た。頭の中で数十匹の熊ん蜂がわんわん音を立てた。
私はスケートをしていたわけでもなかった。スケートは妻と子供たちだけがしていた。何回か滑ってはみたが、長らく患っていた腰が心配になり、私はただ氷上にしゃがんでいただけだった。
正月の前後はひどく寒かった。高速道路を走っていた車が、降りしきる雪のため足止めをくらい、やむを得ず何日間か雪の中に閉じ込められたのも多分この頃だったはずである。
シノォル洞の兄の家で祭祀をし、父に正月の挨拶をし、故郷の墓に行ってきて感じたのは、ただ寒かったということだけだった。家の前の芹田やら小川やらがキンキンに凍っているだろうと思うだけだった。
ネチョン里の家に帰る時、田と川を見た。白く凍り付いていた。手袋をはめベレー帽を被って、外でソリ遊びやコマ回しをしないかと子供たちに訊いた。
ソリもないしコマもないじゃないかと下の子供が言った。とに角出てみようと言って、子供たちを引っ張り出し氷上に行った。行く途中に、管理人室の横のリサイクル用ごみ捨て場で古い椅子を一つ手にした。文房具屋に寄り、木のコマも買った。
使い古しの椅子が立派なソリになるということが、子供たちには新鮮なことだったようだ。椅子に子供たちを交互に乗せ、押したり引いたりした。ソリとコマも楽しいだろうが、ただ地面が滑ればどこであっても楽しめるのが子供たちだった。
しばらくそうしていたが、もし氷の上で尻餅でもついたら腰がお終いになるような気がして、私は煙草でも一服するつもりで、氷の上でしゃがみこんだ。
私がしゃがんでいたのは、氷が新しく凍った所だった。水の流れのためそれまで凍らずにいたが、突然の寒さに凍り付いた所であった。他の所に比べ氷が薄く透明だった。しかし、私は知っていた。新しく凍った氷は薄く透明でも簡単には割れないということを。
ポケットから取り出した煙草を咥え、何気なく氷の下を見た。
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■ グ・ヒョソ
1957年江華島生まれ。87年作家活動を開始。1994年短編『缶切りのない村』で韓国日報文学賞を受賞。