是が非でもこうして行かなければならないものなのか。
そして、このためらいはまた、この旅立ちについての私の心のいかなる手続きであるのか。
昨夜の段階では急には旅立たないようであったが、朝になったらいつそうだったのかとでもいうように、とうとうソウルを発って来た。カンヌンに着いてからも、何かをためらうかのように暗くなるのを待ち、すでにさほど残っていない道をまた行く間にも、私は運転よりはただ一つの考え、その考えにだけ縛られていた。そこに行ったら会わなければならないある人と、今私の目で直に確認しなければならない一つの事があった。
ソウルを発ったのが10時半、カンヌンに着いたのが2時半だった。残り20分の道のために、4時間も日が傾くのを待ち、闇が降りるのを待ったのだった。そして、いよいよこれが私の行く道のこちらとあちらの最後の境界だろうと思われるトンネルの前に至り、再度息を整えるかのようにそのことを考えた。私の記憶が間違っていなければ、あの日あの名前はやはり間違いなく彼女のものだった。何の理由か知る由もないが、去年の秋東海で、彼女は私のところには来られず、他の人間を来させた。その時、私が本の表紙を開き書き込んだ名前<キム・ミヨン>は、幼い頃の記憶の中のあの子供に間違いなかった。後になってそのことを知ったのである。
この間に、車はすでにトンネルの中に身を投じていた。しばらく前にトンネルの入り口で見た道路案内板に<東海1号トンネル>とさらりと書いてあったが、トンネルを覆っている峠の名前がファビリョンだということは、誰よりも私がよく知っていた。
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■ イ・スンウォン
1957年江原道生まれ。江原大学経営学科卒業。1988年、「昼の月」で文学思想新人賞。1996年東仁文学賞、1997年現代文学賞。